「だって」
思わず聞き返す美鶴に、メリエムはごく当たり前のように口を開く。
「日本はとっても豊かな国だから、孤児なんていないと思っていた」
…………
不快感をおぼえた。
自分は孤児ではないが、なんとなく「お前は日本人ではない」と言われているような気がした。
別に日本人でありたいと思っているワケでもないのだが、なんだろう?
そう 貧しい者や困難な境遇に陥っている者のコトなど微塵も理解できない、富裕層の戯言を聞いているような気がした。
お前なぞに、何がわかるっ
だが、それを言葉にしたとして、美鶴のどれほどをこの女性に理解できるだろうか?
何と答えてよいのかわからなかった。だが、豊かな国だから孤児がいないというのは、どうも納得できない。
そもそも、日本という国自体、本当に豊かな国なのかどうかもわからない。
「アメリカだって豊かな国じゃない。でも孤児院くらい、あるでしょう?」
「日本には、内戦も外戦もないはずだわ」
「戦争がなければ孤児が存在しないとは限らない。いろんな事情で恵まれない子供は、日本にもたくさんいる」
「……… どんな理由で?」
メリエムは、再び視線を【唐草ハウス】へ移し、ため息混じりにつぶやいた。
「どんな理由で子供達は、このような施設と縁を持つことになるのかしら?」
その瞳が微かに虚ろで、目の前の施設ではなくもっと遠くを見つめている。そんな気がして、美鶴は何を言えばよいのかわからなかった。
メリエムは、どのような答えを求めているのだろうか?
何も言わないで困惑している美鶴に、メリエムは慌てたように口を開く。
「ごめんなさい。私、戦争がなくなれば孤児も存在しなくなると思っていたから、だからわからなくって………」
「アメリカも、本土で戦争をしているワケじゃないでしょう?」
「アメリカの事情は、私にはよくわからないわ」
美鶴は目を見開いた。
「あの……… アメリカの人じゃあ、ないんですか?」
「違うわ」
きっぱりと答え、そうして困ったように眉を寄せて笑う。
「どうしてアメリカ人だと思うの?」
「だって、瑠駆真の知り合いだから……」
その言葉に、メリエムは視線を落す。
「そう…… そうね」
それはなんとなく悲しそうな、虚しさをも含んだような呟き。メリエムと対峙した時の瑠駆真が思い出される。
美鶴の手を痛いほど握り、いつもは穏やかな視線をギッと見据える姿には、好意は伺えなかった。
この人は、瑠駆真が好きなのか………?
浮かんだ推測をさらに掘り下げようとしたが、メリエムに阻まれる。
「ルクマは…… 何も言ってはいないのね?」
「あ ……はい」
「何も聞かないんだね」
さも聞いて欲し気に呟く瑠駆真の言葉。だが結局美鶴は、メリエムについては何も瑠駆真からは聞いていない。
聞く必要がない
「そう……… 言う必要がないってことかしら?」
唇に手を当て、後半はほとんど独り言のように小さく、とても聞き取りにくい。
だがやがて視線をあげ、腰に手を当て、右足へ乗せていた重心を左へ移す。
「困った子。まぁ、彼らしくはあるけどね」
そこで一呼吸置き、大きな瞳を美鶴へ据える。
「少し、お付き合いいただけない?」
腰から手を離し、一歩近づく。
「お散歩の途中なんだから、特に行くアテもないのでしょう?」
「え?」
メリエムは思わず笑った。
「あなたのその顔、とってもキュートね」
思わず片手を口に当てた。視線を落す。
どんな顔をしていたのだろうか?
「恥ずかしがることないわ。ルクマもきっと、あなたのそんなところが好きなのよ。だからあなたは、知っておくべきだと思うわ」
「え?」
さっきからこればっか。
だが、問いかけずにはいられない。
ルクマが…… 瑠駆真が私のことを――――
その言葉を、メリエムは事も無げに言ってのける。
半ば呆ける美鶴の心情を知ってか知らずか、メリエムは美鶴の肩をポンと叩き、少し押す。
「さっき、お洒落なカフェを見つけたの。日本人の学生は、ファ…… ファミテス…… とかっていう場所によく行くみたいだけど、私にはよくわからなくって」
それはきっと、ファミレスだろう。
「ミツルが構わないならそこへ行きましょう。雨が降ってきたら大変だわ」
そうして、目を丸くする美鶴に向かって首を竦める。
「ミツル…… って言うのでしょう? ルクマに教えてもらったわ」
私のどこまでを教えたのだっ?
怒りを含んだ疑問が浮かぶ。もうこうなっては、無関心を装っても無視はできない。
背中を押されるがままにその場から移動しようとした時――――
「アンタっ」
背後からの声に思わず振り返る。
長身の少女が、それこそ目をまんまるにしてこちらを見ている。
「アンタ、大迫美鶴でしょう?」
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